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2016/11/20

本日、11月20日は「世界子どもの日」。

本日、11月20日は、国連が定めた「世界子どもの日」です。

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1954年に国連が、子どもたちの相互理解と福祉を増進させることを目的として制定した記念日であり、国際デーのひとつ。「世界の子供の日」と訳されることもある。
https://goo.gl/w1nz4Y
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国連総会は1954年12月14日、全ての加盟国に対して「世界の子供の日」を制定することを勧告していますが、ご存知の通り、日本の「こどもの日」は、端午の節句である5月5日です。

「子どもの日」をいつにするかについては、各国に任されているのですが、国連は、11月20日を「世界子どもの日」に定めました。

なぜ、11月20日なのか。
それは、1989年11月20日に「子どもの権利条約」が国連総会で採択されたことを祝しているからです。
(ちなみに日本政府は、国連で条約が採択されてから5年後の1994年の細川政権時代に条約を締結しました。しかも158番目でした。)


そういうわけではありませんが、今日は、子どもたちと一日、話したり、遊んだり、買い物したり、料理をしたり、と、休日らしい日を過ごしました。


===


ところで、世界こどもの日の背景には、「子どもの権利条約」があるのですが、「子どもの権利条約」について、どのくらいの方がご存じなのか、理解あるのでしょうか。

私自身は、高校3年生だった1993年に子どもの権利条約に出会ったことをきっかけにして、条約の普及・推進に取り組んできましたが、まだまだその成果は十分ではなく、自分の非力さを、年を重ねるごとに感じています。

とはいえ、子どもを取り巻く環境は、私が子ども時代と比較しても、良くなるどころか悪化しているとしか言えません。

そうした中で、NPO/NGO界隈でも、いじめ、不登校、障がい児、遊び場、少年犯罪、といった従前からのテーマに加えて、児童労働、性の商品化、HIV/AIDS、子どもの貧困、待機児童、学習支援、ネット犯罪、子どもの社会参加などなど、様々な課題に取り組む団体が増えてきました。

こうした背景には、子どもを取り巻く環境というよりも、日本社会そのものが多様化・複雑化し、社会そのもののあり方が変容しているからだと言えます。

だからこそ、行政では担いきれない個別ニーズに取り組むNPO/NGOに注目が集まり、そこへの期待が増えてきていると思います。


ただ一方で、こうした個別ニーズに取り組むNPO/NGOが、どのような理念で課題解決を図ろうとしているのか、分からないことが多々あります。

もちろん、それぞれが取り組もうとしている課題解決を目指しているのは分かるのですが、なぜ、そうした課題起きているのか、なぜその課題解決が求められているのか、団体、あるいは関わっている方の想いを見聞きしていも、表面的な想いはあっても、根本的な想いが伝わってこないのです。

多くは、「子どもが可哀そうだから」「子どもは社会の宝だから」「子どもの成長に害があるから」といったところです。

確かにそうかもしれませんし、そのことは否定しません。

しかし、なぜ、「子どもの権利保障」ということを訴えないのか。
なぜ、「子どもは権利主体である」ということを訴えないのか。

子どもは、保護の対象だけではなく、今を生きる権利主体にも関わらず、なぜ「可哀そう」「成長に害がある」という「子ども=保護の対象」としかみようとしないのか。

きっかけとして、「子どもがかわいそう」「子どもに害がある」から、というのは分かります。
そして、そうしたきっかけを基にした取り組みそのものは悪くはありません。
しかし、「子どもがかわいそう」「子どもに害がある」からだけでは、結局は、子どもに対する施しだけで、子どもを一人の人間として尊重する意思を感じることが非常に少ないのが残念でなりません。

「自分よりも弱い存在である子どもに何かしてあげたい」というようなことだけを、感じてしまうこともあります。


子どもは確かに弱い存在であり、責任を終える主体ではありません。
しかし、一人の人間であり、権利主体なのは間違いない事実です。

それは、日本においては「国民主権」という名のもとにおける主権者なのです。

子どもに関わる方は、ぜひとも「子どもは主権者」という視点から、子どもを取り巻く課題に取り組んでほしいものです。
つまり、子どもの貧困も、児童労働も、不登校も、すべては「権利」に関することであり、人権問題なのです。

権利侵害の解決に取り組んでいる、という意思をもって、取り組んでいってほしいと、切に願っています。

そして、単に、「子どもの貧困問題に取り組んでいる」と言うだけではなく、「子どもの権利を保障するために、子どもの貧困問題に取り組んでいる」「子どもの権利が侵害されている」ということも、きちんと伝えてほしいと、強く思います。

--
なお、ここ数年、模擬選挙を含め「18歳選挙権」が注目され、私も色々と話をする機会を得ていますが、それも、「主権者としての子どもの社会参加」だからこそ、私自身は取り組んでいます。

私の想いや考えについては、6月に出版しました「18歳選挙権で社会はどう変わるか」(集英社新書)に書かせていただきましたので、そちらをぜひとも御一読いただければ幸いです。

 ○「18歳選挙権で社会はどう変わるか」(集英社新書) https://goo.gl/1uuCVC
 

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